データに基づく人間関係づくり教育の現場や社会で役立ててもらいたい
武藤 敦子MUTOH Atsuko
研究の概要
近年、ウェアラブル端末などの普及によりライフログのような様々なデータが入手可能となりました。それらの“人”に関するデータを分析し隠された法則を導くことで、組織が活性化する仕組みを考えています。「大学生活の満足度は友人の数に関係する」「人間関係の活発な現場では社員の生産性が向上する傾向がある」などの調査報告からも、人間関係を活発にするための環境づくりは教育機関だけでなく会社などの組織においても重要です。一方で、クラス分けやチーム編成などの人員配置作業は、主に管理者が経験に基づいて人手で行っている現状があります。人の動きに関するデータと統計・社会ネットワーク分析などの情報工学の技術を用いて個人の社会関係資本を測り、また、シミュレーションによって、様々な身の回りの現象に対する本質をボトムアップに発見することで、人間関係の豊かな社会への貢献を目指しています。
移動データからの人間行動の科学的分析
GPS搭載スマートフォン、活動量計などウェアラブル端末の普及により、人の動きに関する様々なデータが入手可能となっている。名古屋工業大学では、約130台のICカードリーダと約1、600台のBluetooth Low Energy (BLE)ビーコン発信器を学内に設置し、非接触型ICカード学生証やスマートフォンにより、学生の講義の出席状況や安全対策のための位置情報を管理している。これらの機器から取得されるデータは、本来の目的以外の利用が考えられる。例えば、講義の出席の打刻時間差の短いペアは友人である確率が高いという傾向から推測できる学生の友人関係をネットワークとして表現することで、「社会ネットワーク分析」が可能となる。社会ネットワーク分析とは、人や組織をネットワークの繋がりとして捉える分析方法であり、ネットワーク上で中心的な位置にいる人ほど、社交性、リーダーシップ、真面目さに関する自己評価が高いことや、共通の友人を持つ人同士は将来友人になりやすいなどの傾向を、実際に観測された学生の友人ネットワークから知ることができる。これらの分析やシミュレーションを用いて学生の友人関係が成立するメカニズムを紐解き、新しい友人関係を成立しやすくする仕組みを講義内のグループワークに取り入れた。4年間の試みで、友人数の増加やクラスのまとまり、講義の満足度やコミュニケーション能力向上などの効果を確認できた。このような日常の人の動きに関するデータはキャンパス内に限らず多くの場所に存在する。現在、セキュリティ対策や就業管理にICカードを利用する企業と連携し、データから社員同士のネットワークを定量的に観測し、組織活性化のための効果的な施策などへの活用を模索中である。
人工生命による生物進化のシミュレーション
人工知能研究には、人工的に作られた知能による工学応用の目的と、人間の知的振る舞いを計算機上で実現することでそのメカニズムを知る生物学的な目的がある。人工知能研究が人間の知的振る舞いに着目する一方で、生物の振る舞いに着目する人工生命という研究分野があり、人工知能と同様に二つの目的がある。一つは生物の持つ適応能力を応用する工学的な目的であり、有名なものに遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm:GA)がある。二つ目は、生物の進化的振る舞いを計算機上で実現することでそのメカニズムを知る生物学的な目的である。後者のアプローチは、計算機上でミクロな視点から人工生命を創り出すことによって生物に観測されるマクロな現象を導き出す。このアプローチにおいては、ものを作ることにより理解する「構成論的方法」が大きな役割を果たす。構成論的方法は、例えば、子供が工作を通じてその原理を知るという勉強法もその一つであり、人の学習にとって効果的な方法である。構成論的方法を実践する手段として計算機を利用する。また、エージェントベースドモデルは、個体の相互作用から集団的な現象を計算機上で再現する上で適した方法であると言える。生物を知るために、エージェントベースドシミュレーションによって計算機上の生物(人工生命)を作るという方法を、実証実験や数式化が難しい複雑な問題において、それらの方法を補完するツールとして活用している。
人工社会による人間関係のシミュレーション
生物を理解するための方法論は人間の適応的行動の理解へも応用できる。人工生命に対して人工社会と呼ばれる分野である。人工社会は、計算機の中に人工的な社会を構成し、その中で人間を想定したエージェントを動作させる。エージェントにはできる限り単純なルールを設定し、ルールに基づいた行動により各エージェントまたは環境が相互作用することで社会現象をシミュレートする。大学生の友人関係のシミュレーションでは、人が友人を作るきっかけとして2 つの要素を仮定している。1つは、本人の持つ属性と相手の属性から計算される利得とコストである。例えば、自分と似た人を友人としたいタイプの人は、似た相手と付き合うには利得が大きいがその逆はコストとなる。2 つ目は、現在の友人関係上での構造的な距離である。構造的な距離とは、友人の友人は知り合う機会が多いため、友人になりやすいという考えに基づいている。このエージェントベースドモデルによって実際の友人関係ネットワークに近似する結果をシミュレートできた。地域住民によって行われるコミュニティ活動への参加意思決定をするエージェントベースドシミュレーションでは、各エージェントは、態度・規範意識・自己効力感を持ち、他エージェントから規範的影響を受け、エージェントの相互作用によりコミュニティ活動の成否が決定すると仮定した。コミュニティ構成員の様々なネットワーク構造に対してシミュレーションをすることでネットワーク構造やリーダーの選出方法がコミュニティ活動の成否へどの程度影響するかなどの知見を得ることができる。
共同研究希望分野
行動ログデータ分析 社会ネットワーク分析 シミュレーションプロフィール
1998年 名古屋工業大学工学部知能情報システム学科卒業、同年同大学文部科学技官。
2004年 同大学大学院工学研究科助手。
2007年 同助教。
2016年 同准教授。
2018年 同大学ダイバーシティ推進センター副センター長
現在に至る
博士(工学)、IEEE シニア会員、情報処理学会、人工知能学会、日本知能情報ファジィ学会、日本数理生物学会各会員。
業績
主要論文
- Atsuko Mutoh, Yuta Imura, Ryumaru Kato, Tohxgoroh Matsui and Nobuhiro Inuzuka, “A model of friendship networks based on social network analysis”, Journal of Artificial Life and Robotics, vol. 21, No. 2, pp. 165–170, 2016.
- 武藤敦子,荒谷康太,加藤竜丸,坂田美和,犬塚信博,“社会ネットワーク分析によるグループ編成法の提案と協同学習への効果”,電気学会論文誌,Vol. 136, No. 12, pp. 1677-1682, 2016.
- 甲村啓伍,武藤敦子,松井藤五郎,森山甲一,犬塚信博,“ネットワーク構造を導入したコミュニティ活動モデル”,情報処理学会論文誌,数理モデル化と応用,Vol.9, No.3, pp. 15-23, 2016.
- 島孔介,森山甲一,武藤敦子,犬塚信博,“加速度データの文字列表現に基づく行動中の動き方に着目した人のグループ分け” ,情報処理学会論文誌,数理モデル化と応用,Vol. 10, No. 2, pp. 51-58, 2017.
解説
- 武藤敦子,“エージェントベースドシミュレーションによる生物の理解”, システム制御情報学会誌「システム/制御/情報」 第61巻 第7号, pp. 271-276, 2017
招待講演
- 武藤敦子,“人工生命による生態進化モデルについて”,平成22年度日本知能情報ファジィ学会東海支部総会特別講演,2010.
- 武藤敦子,“出欠データを用いた班分け手法による友人関係促進への試み”,平成27年度電気・電子・情報関係学会東海支部連合大会シンポジウム,2015.
工業所有権
- 特開2012-168633「相談構造に基づく相談記録システム」犬塚信博,小田尚宣,武藤敦子
受賞
- 2009年 7月 第25回ファジィシステムシンポジウム優秀論文発表賞、論文題目「同調・差別化欲求を持つエージェントモデルによる多種循環型流行の発現」
- 2009年11月 第7回情報学ワークショップ(WiNF2009)奨励賞、論文題目「社会的インパクト理論に基づく人工社会における社会空間が少数派に与える影響」
- 2010年12月 第8回情報学ワークショップ(WiNF2010)奨励賞、論文題目「知人ネットワークの差異が商品普及競争に与える影響」
- 2010年12月 第8回情報学ワークショップ(WiNF2010)奨励賞、論文題目「遺伝的プログラミングを用いた強化学習エージェントの進化モデル」
- 2011年11月 Best Poster Award in 2011 IEEE International Symposium on Micro-NanoMechatronics and Human Science、論文題目「Evolution Agent Model on Reinforcement Learning using Genetic Programming」
- 2011年12月 第9回情報学ワークショップ(WiNF2011)奨励賞、論文題目「学生相談を支援するための相談構造の分析と課題」
- 2016年11月 平成28年度名古屋工業大学教員評価優秀賞
科学研究費補助金
- 2018年-2022年 若手研究、研究課題名「移動データからの人間行動の科学的分析」
- 2013年-2017年 若手研究(B)、研究課題名「社会ネットワーク分析とシミュレーションによる友人生成プロセスに関する実践的研究」